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猿沢の池 さらば舶来の亀・・


ビーブッダで 今までこういうクリップを作っておりました程に
猿沢の池は外来種のカメ ミシシッピアカミミガメ 通称 ミドリガメ が多かったです
というか もう ミドリガメの繁殖池と化しておりました
猿沢の池のカメといえば オレ達のことだよNE! 
な感じで 爬虫類なのに冬だと言うのに 北米産の彼らは 冬眠もせず
(・・そういえば 学生時代 カナダから来た先生は真冬の奈良でも半袖で元気だったな)
永遠に続くが如く繁栄を謳歌していたミドリガメ達でした
あと 嘘だと言われましたが 私 猿沢の池で 巨大スッポンが甲羅干ししているのを見たことがあります
ホントだと言っても 夢幻扱いされておりました
ちなみに 肝心の国産 イシガメ クサガメは見たことがない 

しかし
奈良県がついにやってくださいました



18年ぶりに水を抜き外来種を一斉捕獲だそうです
しかし ・・まあ 記事を読んでみると
遅かったんではないのかと・・
2004年の時点で焦るべきでしたよ
オセロでいったら もう四隅も取られ 逆転不可能 半笑いで消化試合状態
クサガメなんて 一匹発見 って トキのキン状態じゃないですか
一匹でどうしろと・・
冬眠中で もしかしたら 池の底にまだいるから全ては捕獲は不可能 という事ですが
どうでしょう 全ては捕獲不可能ということでしたらミドリガメの方々のほうが
沢山残ってらっしゃるでしょう

ゴミもたくさん捨てられてたそうです
ワンカップの瓶が 同じ場所から大量に発見とか 同一人物が 池のほとりで晩酌しては
ポイ捨てしてたんだろうな・・ どうしようもない酔っ払いクソジジイめ!
罰当たれ!(勝手にじじいと決め付けてます 高齢男性の方々すみません)

レアな姿の猿沢の池 18年ぶりの池底 
魚が死んでしまうため 完全には干上がらせないよう 少し水が残っています

ミドリガメも 自ずから北米から泳ぎきり 超内陸の奈良の池までやってきて
新天地発見!HEY!と入水したわけではありません
飼っていたカメを持て余した人間が池に捨てていったのであります
ミドリガメ達自身は ただ 素直に生を全うしているだけであって罪は無し

しかし この大量のミドリガメたち 一体どうなるのか・・
奈良・・卑弥呼・・亀甲占い・・とか
可哀想な予感しかしてませんでしたが

殺生を戒め生き物に感謝する「放生会」が催される 興福寺のお膝元で
大量殺戮は・・ちょっと・・
鯉は生かすのに なんでカメは殺すの?ねえ?
なんて 童に澄んだ目で聞かれたら なんと答えたらいいのでしょうか

頑張って引き取り先を探していたようです
そして 兵庫の水族館が引き取って下さることになりました
ありがとう 須磨水族館!

しかし こんな沢山の大きくなったミドリガメ 一体どうするんでしょう
芸をするわけでもないし 珍しくもないし
集客の役に立つとは思えません 純粋な慈悲の心か・・すごいな

ちなみに スッポンも発見されましたよ!
ほらみろ 居たじゃん! 日中から私が呆けていたわけではないことが証明されました

しかし今までひしめき合っていた猿沢の池の亀 これからしばらく 探すのが大変になりそうです
皆人間が悪いのですけどね


 
 
| 文六 | 12:00 | - | trackbacks(0) | - | - |
2014年 2月3日元興寺にて
先日 検査やら検診やらで病院にいきました
全くの自業自得なのですが 甘いものを食べ過ぎたせいか
糖尿の気があるといわれたので その検査なんです
そして なんと
検査のため 前日の夜8時以降何も食べてはいけない との非情なる命が
下ったのです 非情とは何を大げさな・・と思われますでしょうが
自分は 遅刻しても絶対朝ごはんは欠かさないというスタンスのもとに
生きてきた人間なので・・(そんなスタンス 捨ててしまえ!!)
昼過ぎまでかかった検査は思いのほか苦行で
ほんの少しだけ明日のジョーの気持ちがわかったような気持ちさえしたのです
はあ しんどかった

検査結果はまあ良かったのですが
病院の帰り(この世が憎い・・空が憎い・・)
と全くもって八つ当たりチンピラ的な心持ちで 奈良町をフラフラ歩いておりました

そして 元興寺さんの前にさしかかったらば
なにやら ドンドコ ドンドコ とテンションが高い・・
(チッ 何はしゃいでんだよ〜)
と覗いてみましたらば

ああ!!そうでしたか 今日は節分でしたか!!
元興寺節分会 
近年 果敢にも火渡りに参加したり ふるまい酒に嬉々として並んだりしてましたが
今年はいくらなんでもそれは駄目なので大人しく見守ることにしました

なんか気になる看板発見!
ピンボケ具合がひどくてすみません
いや 私が悪いのじゃなくて 私のガラケーのカメラ機能が悪いのですよ うん

今年の絵馬は 下のいつもの杉本健吉先生のともう一種あります
なんだか 何かに似ている気がする しかし
それにしては頑張って可愛くなってる・・から違うのかな


いやはや ピンボケですみません

薮内さとし先生の午 と書いてある!!
違って無かった!
あの子の作者の絵馬でした!

それにしても 本当 随分可愛いくしたな 
こういうのも描けるのか先生

そういうわけで あの子は今年も来ていました

これは 友人がスマホで撮った写真・・ちっ 綺麗だな
私もスマホにしようかな・・

近年 すっかり元興寺の節分の鉄板スターになっております
しかしこの子 角が生えてますけど 鬼の側ではありません
豆を撒く側ですので 皆様間違えないであげて下さい

アナウンスで薮内センセイの名前が呼ばれておりました
なんと・・! 先生もいるのか!

さて どうしよう

すると 人だかりの中 着物姿の先生らしき人を発見!
皆さん あの子に集っていますが 創造主にはノーマークのようです・・甘いな
創造主こそ本体といえよう

もしかして ぜんぜん違う普通のおじさんだったらどうしようと
怪しくもその方の背後で10分ぐらい逡巡してましたが
お寺の関係者の方が 「先生!」と呼びかけてましたので間違いなかろうと

びびりつつも図々しく 声を掛けさせていただきまして
貰ってしまいました

サインを!!
しかも他に書くものが無かったものだから 母子手帳に書いてもらいました
お蔭様ですごい母子手帳になりました ご利益ありそう
角は無しでパッチリ二重だけお願いします

先生は親切な方でした
わしは立体造形物しか作らん と断られるか とビビッてましたが
ものすごく物腰の柔らかな方で 快諾していただけました
ありがたや
やはり本当に偉い人は偉そうにしないものなのですね

ということで 今年も思いがけなくも書くネタがあった元興寺の節分でした


 
| 文六 | 14:59 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
古墳発掘カレー
 先日6月30日 後輩に誘われて
http://www.furukoto.org/tobidasefurukoto.html

東向き北のサクラバーガーさん二階で行われていた
フルコトさんの出張イベントに行って参りました

古墳カフェ! ステキ企画ですが30日のみ この稀有で愉快な
イベント 行かなかったら後悔する・・と思い 
ビーブッダの開店時間を遅らせていって参りました
開店直後から大盛況です
後輩が予約してくれてなかったら 食べれなかったです
ありがとう

発掘気分でカレーを食してきました
こちら 前方後円墳カレー
ソーセージでハニワ
トッピングでお好みで 円筒型ハニワをばら撒き
パセリで芝を表現 マイ古墳を増築し
自ら築いたものを・・


この発掘シャベルスプーンで

これ お金払えば持って変えれます!持って帰りましたとも!



自ら完成させたものを 自ら破壊・・いや発掘す
そうしますと なんか出てきた!
カブトムシの幼虫?! いや カシューナッツ
いやいや これは 勾玉です


こんな風にライスにおたからが仕込んであると言う
手の込みよう
大の大人の皆様も キャッキャワイワイ発掘しながら
食べておりました

愉快な造形とは裏はらに 本気スパイシーカレーでおいしかったです
若草カレーさんのご協力だそうです 

グッズも販売されてまして
前方子円墳クッションが大小沢山・・ 古墳群です!

他にもハニワシュークリームなどございました


これは遠方から来られた方も満足されるでしょう 充実というか・・
コースターひとつとっても えらいマニアックな
四隅突出墳 とか ナニソレ?なこだわりようで感服いたしました
是非 再び開催していただきたいものです
 
| 文六 | 10:37 | - | trackbacks(0) | - | - |
ちんゆいそだてぐさ を終えて
 ゴールデンウィーク後半
城で偉そうにも 見分不相応にも
人様に物を教える立場になりました

4日 5日 郡山城の敷地内で
ちんゆいそだてぐさ というイベントがあり
http://chinyui.net/
ワークショップ部門で出展してきました
ワークショップ こじゃれた今風の言い方が出来てたんですね
この言葉最近知りました おてがる製作体験コーナーのことです

ワークショップ 
人様に物を教える・・未知の体験です
彫金用のお・・っもい金床をいかに運ぶか
誰もこなかったらどうしようとか云々 実は半年くらい前から
モヤモヤソワソワしておりました

私事で5月のこれからは忙しく 果たして物理的にこなせるのかと
不安に充ち充ちであり
やっぱやめようかと頭をよぎったこともありましたが
主催者さまとは
もう 一年も前からの約束でもあり
(やっぱ しんどいから辞めま〜す ごめりんこ!)
 なんて 言えないよな でもしんどいわ
と思ってたら 私の名前がバッチリ入ってるチラシが届き
もう後には引けなくなり 
そんなこんなで 日に日にソワソワ度が上がりながらも
当日を向えたのです

重い荷物の搬入は幸い配偶者が車を出してくれたので
あっさりこなすことが出来ました
自分はペーパードライバーですので暢気に助手席ですみません

体験者用のいすが足りないと騒いでいたら
工房のdocoaoさんが貸してくれました 
実は思いっきりあてにしていました すみません

しょっぱなから人に助けてもらいまくっています


さて郡山城が会場です


二日とも好天に恵まれ
空の青とツツジのショッキングピンクのコントラストが実に美しい

さて 城なんですよ 城

ですから 道幅は狭くお堀から城への出入り口はひとつしかありません
敵が攻め込んでこないように 城とはそういうものなので仕方が無いのです

これは相当車の出し入れ大変だぞ・・ドキドキしてましたが
主催者さまの謎の力
主催者さまは 市とか県じゃなくて 個人 でございます
しかも財界の帝王とかじゃなくて ガラスの作家さんです 

その一人の人間がどうしてこんなネットワークを・・
交通整理に 大学生風の子から主婦からおじいさんまで 沢山の人が配置され
連携もしっかりしていて えらくスムーズに支度が出来ました

このちんゆいそだてぐさ 第一回のイベントだったので
正直 人が沢山来るとは期待してなかったのです
なら 燈花会 ですら第一回目は人が全然来なかったそうですから

http://mainichi.jp/feature/news/m20130505ddlk29040350000c.html
記事になってるし!
甘く見ていて 主催者さますみません

http://chinyui.net/blog/
ちんゆいのブログです
15000人来たんですって! そりゃ忙しくもなります


さて 搬入が終わり
落ち着いたところで
さ〜て他のワークショップ部門の方々の作業場をどんなだろうと見てみたら
なんか・・・こじゃれてる!!
こじゃれテープルクロスとかひいてるし 大きいオシャレな看板とかあるし

ビーブッダは必要最低限なものしか持ってきておらず
慌ててとりあえず 紙! をひいてみたり
作業内容とか値段とか所要時間とか全く情報が無いのはいくらなんでも
お客も途方にくれるだろうと
慌てて紙!に殴り書きPOPをする始末
つまり うちの店だけやっつけだったわけです 紙!大活躍です



おもいっきりスケッチブックをぶちちぎりした後が・・
製作者のB型っぷりがもろに伺えます
しかし 貧相で小汚い店頭だったのですが 無造作に置かれたトンカチやら
ヤスリやらの作業道具が ハードボイルドな本格派に見えたのでしょうか・・
(単に散らかってただけですが・・)
開始時間が始まるやいなや
意外にも小学生から 中高年の方まで参加していただき
正午過ぎで本日の予約は終了しましたとのPOPを慌てて書かなければいけない
顛末になりました


こういうのがつくれるよ という触れ込みでありました
実際近いものを製作していただけたと思います

さて 予想外の人の入り お客さまの熱意
もし お客が誰も来なかったら寂しいので・・という
私のしょぼい見栄のために呼んだ友人を 店員としてこき使う始末(すみません)
  
地味なビーブッダにまであぶれた人が押し寄せるとは・・!
ちんゆいそだてぐさ 第一回目のイベントでまさか こんなにお客さまを呼ぶとは
 しつこくも感服です
・・・主催者さま すみません 舐めてました
個人の力でここまで盛り上げれるとはおそるべし

主催者さまのこだわりで 参加店舗のクオリティがやたらに高く
(なんでビーブッダがお目に留まったのか謎すぎます 単に被る作家が居ないので
珍しかったのでしょうか)
2日目に余裕が出てきて友人に店番させて(すみません)
販売ブースを見に行ったりしてみましたが 本当に本格派ばかり
本当にビーブッダがここに
混じっていいものだろうか・・


同じ金属作家さんの 真っ赤な銅の指輪を思わず衝動買いしてしまいました
ビーブッダとは段違いの精巧さでした 
木と金属を箱根細工のもっと凄い細かさでぴっちり組み合わせた作家さんなどもいて
オオオオ・・となりました これぞ職人

私なんてワークショップのとき  おじさんに彫金教えてたら
ほかのお客さんが おじさんのほうを彫金講師だと思って声をかけてましたよ
どんだけ 私はらしくないというか オーラがないのか・・
せめてベレー帽とか被るべきだったでしょうか

それにしてもビーブッダの彫金体験
地味で他に比べて渋く でもって
「誰でもやれるわ こんなのトントントンで終わりじゃ」
と製作時間1時間強とか見積もっていたら 大嘘で
全然気軽に出来ない ハードさだったらしく
製作終了した皆様は疲労困憊した様子でした・・・
看板に
絵心なくても大丈夫!静かな心でひたむきに彫れば大丈夫!
とか鹿が軽く言ってますが 本当に大嘘でした
指導も コツとか教えるのが難しく
「最後まで諦めない心が大事!」とか
役に立ったのかよくわからない感情論ですみませんでした

しかし こんなしんどい彫金体験であったのにもかかわらず



テーブルクロスくらい持ってこようよ自分・・
ビーブッダがいつもやっている蹴り彫は1日そこいらで習得できる技術ではない
・・と思うので(もし あっさりやられたら 立ち直れない)
点描だけでアウトラインをひいてもらい(これがけっこう大変だった!)
いろんな刃先のタガネで飾りを入れて作品を作ってもらいました


この少年含め 二名の方は 4日 5日 と両日ビーブッダに通って彫金体験を
していただきました 
初日の作品に満足せず さらなる高みを目指してくださいました
彫金面白いと 言ってくださいました
世の中 プレステ とか デイズニーランド とか色々面白いものが一杯あるのに
わざわざ こんな小汚い作業場の・・ビーブッダに来てくれるなんて
ありがたいやら 不可思議やら
(ああ 写真で改めて見てみますと本当に小汚いわ ひどいな) 


そんなんでまあ 案ずるより生むが易しということで
お客さまが優しかったのもあり 大きなトラブルもなく2日間を
終えることになりました
ちなみに 搬出のときも台車が引っかかってアワワとなってたら
知らない人に助けていただきました 世の中思っているより良い人が多いようです
ありがたや・・

彫金体験を気に入ってくださったお客様に
来年はやるのかと聞かれましたが
正直・・・・・う〜ん どうでしょう 
私は根は 北斗の拳のハート様のように 息をするのもめんどくさい級の
非活動的な人なので あっちこっち移動する時間に自分の作品を作りたいとか
考えてしまうのです
なにはともあれ 今回は楽しかったです
| 文六 | 09:21 | - | trackbacks(0) | - | - |
ちんゆいそだてぐさ で 彫金ワークショップやります
 さて 迫る五月4日と5日
奈良の 大和郡山城のふもとで
ちんゆいそだてぐさ というイベントが開催されます

http://chinyui.net/


そこで金属工芸ビーブッダは出張販売と
彫金のワークショップを行います

彫金といっても そんなに難しいことはいたしません
銅版 真鍮板をタガネで刻印していただき
それを市販のフリスクケースに貼り付けて完成です

絵心ないわ〜という方も大丈夫です
ただ 心安らかに淡々と規則正しく刻印をしていただければ
けっこう綺麗なものが出来上がります


こんな感じです
右が銅版 左は真鍮です

手ぶらで着ていただいて(さ・・さいふは持ってきてください)
座って一時間強で出来ると思います こだわり具合で大幅に時間に増減がありそうです

1クール 二名さままで 所要時間 一時間半 1000円 です

一回で二名さままでって・・・ すっごい弱気なワークショップです


なにせ初めてなもので いろいろ不安すぎますが 大丈夫かな・・
ということで2名様です

不安もあっての2名さままでですが 
道具がない! というのも理由であります

彫刻に使うタガネ これは実は売ってなくて
手作りなのです
今回のワークショップ参加のために 足りないのでいくつかセッセと
つくりました

こんなふうに 彫金道具屋で買った タガネの原木?的なものの
切っ先をヤスリなどで削り 紙やすりでピッカピカに磨くのです
削る角度とか難しいです 鋭角すぎると板に穴が開き 鈍角過ぎると
刻面が美しくないわけです
さて ガリガリ・・

ヤスリひとつでいろんな表情のタガネが作れるのです
新しいタガネを作ったのはものすごく久しぶりです
6年くらいかな・・作り方を忘れてなくてよかったです
あと 彫刻台が超重い!(10キロはある)ので持ち運びがひっじょうにユウウツです
コレさえなければな〜 こんなの2個以上運べるか!ってのが本音です
ぎっくり腰にならないかな・・
ちんゆいで一番心配しているのはそこだったりします

ちんゆいそだてぐさ
4日10:00〜17:00
5日10:00〜16:00
郡山城周辺でやってます 
お客さまが誰も来なくてもサクラで友人頼んでますので気楽に
いつもどおり クリップなどガリガリ補充製作したいと思います
あと なにより 食部門が楽しみです 昼は何を食べようか 酒もありますよ!
http://chinyui.net/2013/ex_eat.html
 

| 文六 | 10:33 | - | trackbacks(0) | - | - |
お釈迦様 誕生日おめでとう!
 昨日 ビーブッダはお休みで
久々に一日中家でゴロゴロしてようかと思いましたが
冷蔵庫の中の食材が無くなりまして しょうがなく外出しましたらば・・

三条通のお寺の前を通りますと なにやら人がワイワイと・・ 


あれ?!


そうか!そうだった ! 今日は釈迦の誕生日会!花祭りでした

毎年 花祭り前 ワクワクして身構えてる自分でしたが(だからといって
さして何もしない)
今年は なんだかんだですっかり忘れていてフェイントをくらったというか
鳩が豆鉄砲を食らったというか・・
このことわざ 鳩からしたら嬉しいのかな 豆やし・・でもそんな無駄な勢いいらないし
優しく投げて欲しいところですよね

まあそんなことはどうでもいいとして ピッタリ来る表現は
そう サプライズ  サプライズ頂いた気分でした
寺側からしたら別にそんなん与えた気はなく 自分が勝手に忘れてただけですけどね

家でゴロゴロしてたら物凄い後悔するところでした
休日に釈迦誕がかぶるなんて そんなにないですからね

用事はあとまわしで
他の寺も行って見ました









興福寺の釈迦誕の様子

法要自体は お寺は大体午前中に終わってますので 人も減って
ノンビリ甘茶をかけることができました

青い空 鮮やかな花々 天上天下唯我独尊を唱える誕生仏
たとえようも無い 平和な光景です

アベノミクスの影響でしょうか 最近ならには外国人観光客が大勢います
外人さんたちもキャッキャと甘茶をかけておられました

景気もいい感じで ああ良かったな です


が しかし良かったな ではありません!
花祭りを忘れてたなんて 相当ビーブッダはたるんでおります なんというか根源が・・
言語道断でございます
上司がいたら椅子を蹴飛ばされますよ 
個人事業というのは
怖い上司や笑顔の下で下克上もくろむ抜け目の無い部下が居ないので気をつけねばどこまでもたるみにたるみます 
気合を入れねばなりません 


| 文六 | 10:14 | - | trackbacks(0) | - | - |
名残惜しき桜
 天気予報で 今週末
「外出を控えたほうがいいといわれるほどの暴風雨になる!」

といわれておりました

折悪しくというか なんというか
金曜日頃 丁度奈良の桜は満開〜花吹雪 でしたので
これはもう2013年度奈良の桜最後の美しい瞬間であろうと思い
悔い無きように 出勤前に堪能してきました

近所で有名なのが 佐保川の桜


見事! 空は青いわ 桜は薄紅色の雲のようだわ 川の流れは穏やかだわ で
まるで夢の世界のようでございました

今頃は散りつくした花弁が茶色の濁流にゴウゴウと飲み込まれ・・
花筏(いかだ)なんて流暢な風流なものは もう総転覆ですよ

さて 次はあまり有名ではない
ならまちの隠れ 桜スポットです




小塔院跡  ならまちドットFMの近くにあります
本数が沢山あるわけではないですが 


風格のある大きな桜の木 ひなびた門跡 
古いベンチ 静寂〜

等々が非常に宜しいです

良い場所見つけました 今年はもう諸行無常を体現してくれたかのように
散りつくしてますでしょうが 皆様 もし機会あれば 来年 再来年
訪れてみてはいかがでしょうか?
  





| 文六 | 23:34 | - | trackbacks(0) | - | - |
ビックリハウス再び 後半

 間が空いてしまってすみませんでした
前回の遷都1250年祭ネタの後半です

さて 半世紀前の奈良で 遷都1300年祭とはまた違った色で
賑々しくに執り行われていた遷都祭

市や県 寺社仏閣 市民 映画スターまで参加した
大掛かりなイベントであったのですが
意外な事に民間事業で 発起人は
明治34年生まれの町の有力者 谷井友三郎氏でした


超偉そうな仮装をしてらっしゃしますが それに相応しい人物でいらっしゃいます

この方 最初は裸一貫でバナナや反物の叩き売りから身を起こし
どこで寅さんと差がついたのか(と・寅さんは寅さんで素晴らしいですよ!)
奈良の興行界の重鎮となり 奈良の方ならご存知かと思いますが
今は無き・・というのが悲しいですが 三条通にあった映画館
シネマデプト有楽の初代ビルを建てたり 戦没者供養の大文字焼きを発案したり
奈良市議員から県議員になったり 奈良の観光業の発展のために色々仕掛けてくださいました
一人の人間がこんなにたくさんの事が出来るの?と信じがたいような業績量です
普通の人間と搭載エンジンが違うのでしょう 

二次世界大戦が始まると 家族が出征した地元住民からの戦地の様子を観たいとの要望にこたえ
後に映画館となるニュース館をつくって、刻々と変遷する戦況を市民に報じたり

戦後に GHQにより 春日若宮おん祭は中止させられるという危機があったのですがを、
私費を投じて継続したそうです
八百猶予年続く あの伝統中の伝統行事が・・!!危ないところでした GHQめ!
まさに赤鬼鬼畜米英!
ありがとう 友三郎!
なんという心意気のある金持 
財力を己の遊興や不老不死の仙薬入手や私設核シェルター建設などに
使うのではなくこのように使うとは素晴らしく素晴らしい・・
尊敬のあまりに日本語がおかしくなってしまいました
友三郎氏 帝愛グループの会長とは真逆のタイプの資産家であられたようです 

さて その粋な金持ち友三郎氏
時がたち戦後の世の中 彼も老人といわれる年齢に差し掛かった頃
また大きな花火を打ち上げました

昭和34年 平城京遷都1250年の前年の初夏
とある会合で 来年3月10日は 平城京遷都1250年であると聞いた友三郎氏

「今 観光地 奈良があるのも
 平城京が首都だった時代の素晴らしい文化遺産が残されているおかげである
 それらを残してくれた いにしえの人々や守り伝えてきた方々に敬意を表し
 それらの価値を我々は再認識しなければならない それは
 これからの奈良の発展にも繋がる!」

という熱い想いが 遷都1250年祭プロジェクトを発足させたのでした
超要約してしまいましたが

友三郎氏の高尚な文章で書くとこうです


宇宙船に乗った光明皇后のコスプレをしていた人はその辺を理解していたか
どうかわかりませんが
理解はどうあれ 当時のお祭騒ぎを見る人 参加する人
楽しかったであろうし
郷土愛も高まったであろうし まあいいのでしょう

それにしても短い恐ろしく短い準備期間です 半年ちょいです よく実現したものです
現在で言う 無茶振りです
張りぼての狸も生乾きだったのではないでしょうか
参加された 奈良市民の方々のファイトにも敬礼です


そしてこの祭典 ただのお祭騒ぎで終わらず
6日間の日程中には

このように7代天皇の陵墓に感謝気持ちの訪問等も組み込まれており 
しっかりと趣旨に揺るぎのない硬派なところも見せております
淳仁天皇陵にいたっては淡路島にあるのですけれど そこにもちゃんと行っております

話は少し変りますが
当時 陵墓に御朱印帳的を持って巡るというのがナウだったそうです
(当時は陵墓の前に印を押してくれる小屋?があったのです)いいなあ・・
また そういうの復活してくれないでしょうか 

平城宮跡保存運動の先駆者達故人への感謝もしてまして

皆様 棚田嘉十郎氏という方をご存知でしょうか 
丁度100年ほど前の平城京跡は雑草が生い茂るにまかせていたのですが
その荒廃ぶりに心を痛めて保存に心身も私財も投入したのがこの方です
平城京の保存に本職もそっちのけに20数年しゃかりきに働き 
その価値を県民や市民に呼びかけていましたが
しかし当時は歴史的遺産への意識が低かったのでしょうか 
心無い人間から狂人扱いを受けたり
裏切りに合ったり なんとついに自宅で割腹自自殺を遂げてしまわれたのです
悲劇の先駆者です
彼の死の翌年、大正11年(1922)
平城宮跡は「史蹟名勝天然紀念物保存法」で国の史跡として保護されることになりました
彼が居なかったら 今頃平城京跡は一面住宅地になってコンクリートでガッチガチでしょう
(せっかく保存されたのに今になって一部道路になろうとしてますが・・罰当たるんじゃないかな)


実は100年前 遷都1200年祭がありました
棚田氏と同士たちによって 
平城京の保存運動として行われております これが事実上最初の平城遷都祭です

棚田氏とその仲間達の偉業への感謝を表し
1250年祭では彼らの子息らが特別招待されています

遷都1250年祭 大衆を惹きつけるエンターテイメント性を持ちつつも
根幹となる趣旨もはっきりしていて素晴らしいと思います

遷都1250年祭当時も 平城旧跡の保存状態やら活用状況は万全では
なかったようで(朱雀門も大極殿も何も復元されてない状態 何も無し)
遺跡であることを今一度 くっきりはっきりさせなければ
周囲から宅地が出来てしまいそうなムードになっていたそうです
そんな状況でしたので 遷都1250年祭は
「ここは都だったんだぞ!大事に守ろう」と 人々に意識させる大きな役目を
果たしたのだと思います

さて この写真図録
友三郎氏と大和タイムスの局長の対談なんかも載ってまして

〜後世の人々はこの盛大だった奉祝諸行事が何のために どのように行われたか
知りたいと望むであろう〜

ハイハイ 少なくとも私はそうです!



・・けっこう こんなの書いていいのかな 的なのも載ってまして
私は興味深かったです

こぼれネタ・・というか これ暴露トークというか 
いいのかな 書いて  そしていいのかな50年もあとになって晒して

内容は 
当時の知事が式典行事を前日にキャンセルしたいとか言い出し
友三郎氏が「本番直前で このてんやわんや状態に! 一旦約束しておきながら けしからん!」と熱意の電話 結局知事は負けて出た

当時の薬師寺管長が(天動説をとなえたり無類の毒舌家 とか書かれてますよ いいの?)
他の寺社は皆時代行列に参加してくれたのですが 何故か わしは絶対出ない と言い張り
それを谷井氏が どうしてだとまたもや熱く説き伏せた 

といもの 
「いずれにしても メデタシメデタシというところ。」としめてあります
なんか古すぎて新鮮なしめかたですが いいのかな 知事と薬師寺管長 こんなの公に書かれて
 


そんなわけで友三郎氏の猛烈っぷりが露見してきました
なんか頑張りすぎて目の中に血の瘤が出来た! とか書いてありましたよ
すさまじい・・・少し休んでください


猛烈というか戦前大和男子の性質か
凄い人ではありますが 現代っ子の私には 承服しかねるというか
え〜?なエピソードもあり


準備には万全を尽くしていたので成功した と書いてありましたが
友三郎氏に 雨の話をするとしかられたので それ以降ぜったい雨の話は禁句になっていた
そうです  え?!

友三郎氏曰く 
「意気の問題で ともかく雨の心配をする時間があったら 他のことを心配すればいい ということで
そうすれば 雨のほうから逃げていきますよ(笑)」

だ そうです・・・
いや でも意気があろうと無かろうと 降るときは降る訳だし
精神論と低気圧前線は無関係で 備えていたほうが・・・6日間もあるのだし
なんて ことを進言したら怒られるのか・・ふう

でも実際 6日間雨は降らなかったそうです 本当に逃げたのかもしれません 
おそるべし 友三郎

ゼニは黙っておちるもんじゃない のセリフもいいですね ゼニってのがいいですね
ああなるほど 成功する人だなって思います

無茶振りも勢いで成功させる豪気な金持でありましたが
自分の寿命については 自然の流れに従う所存であったようで
1300年祭については 自分はこの世にいないとはっきり名言しておられました
次世代におまかせします とのことでした



この1250年祭 賢しくも50年あとの1300年祭のことも考えておられまして
50年後・・現役 というか 生きてるのは 学生でしょうということで
(それでも定年後か・・そう考えると50年って すごい長い月日ですね)
幼き心に遷都祭の思い出を焼き付けさせ
50年後に1300年祭を開催してもらおうと行事に参加させておられます
 

大人の偉い人の 各界の言葉 なども載っていましたが
ああ・・これを書いた方々はもうこの世の人ではないのだなあ
となんともいえない気持ちになりました


さて 未来を託した子供の感想文もありまして  

良い事を書いた子達が選抜されて載ってるようです
小学校低学年から高校生まで
皆 「ぎょうれつがりっぱでたのしかったです」 とか
「僕たちが大人になったら今以上に立派な行事をしたいです」 とか
メデタシメデタシ 調で 先生もニコニコしながら選定した と思われますが

一人 鋭い切り込みをした少女を発見 ただもんじゃない・・


これ 本当に小学6年生の思考・・?文章でしょうか


抜粋しますと 

「奈良が観光都市として また色々の古代文化財が世界的に有名になったのも
この7代74年間に築かれた天平文化のおかげなのだ。その昔をしのび
祖先の偉業に感謝し 奈良市の発展を祈ってこの行列は続いているのだ。
皆は何を考えて歩いているのだろう。〜中略〜
この時代の文化は支那から伝わり それを我々の祖先が今日に残る
偉大な文化に作り上げたのです
私たちが社寺見学をしたときに 全部はわからないが そのよさをしみじみと
感じたのだった。この事を考える時 これからの私達の生きかたは
大きく世界に向け 何でもすぐ真似するのではなく、良い所は取り入れ
それを基礎としてよく考え工夫していくことが大切では無いかと思う。
このようなはなやかな行事を通じて 私達日本人のあゆみを
また一人ひとりの奈良市民がはたしてこれでよいであろうか という
反省とともに今後の新しい また良い街づくりに協力することが何より大切だろうかと
思う。

今日の行列で きれいな男の人 映画スターだと キャッキャ騒いでる女の人たちを見て
泣き出したいようなさびしさを感ぜずに居られなかった。」


名文・・!まさかのしんみりオチです 何にも考えてないミーハー女子どもに苦言です
しかし なんというか ・・
子供なんだから せっかくなんだから
 つべこべいわずに貴女も素直に楽しめよ! って気がしないでもないです
一緒にいたであろう 友人もすこぶる はしゃぎにくかったでしょうし
ですが  おそるべき小学6年生 
友三郎氏の意図したものを100パーセント理解してますよ この小学生
時代行列の見学から今後の日本人の在り方について思いにふける なんという真面目な少女
老人ですら浮かれていたのに・・
国を守る自衛隊員なんかは変なコスプレしてたというのに
誰よりもこの小学六年生が大人というかなんというか・・高い精神性に敬礼です
敬礼というかなんだか 土下座したくなりました

それにしても昭和30年代の小学生の作文のレベル高いです・・
各界のえらいおじさん達にひけをとらない高尚さです
この前 私 昔のアルバムなど整頓していましたら
小学校の学級通信に当時5年生だった私の作文が載っていたのですが
もう・・もう・・ なにも心にうったえることのない だからなに? の一言で
片付けられる 全文グダグダで
ああ こんなに私はあほな子だったんだと眩暈がしました 
そんな落書きレベルが選ばれるとは じゃあ他の子らは一体?
とゆとり教育が始まる前からの学力低下っぷりに慄然としました

この真面目で高尚な精神の持ち主であった少女 当時11歳くらいですから
もう60は過ぎてるわけですね プライバシーが・・と思い名前を伏せてしまいましたが
まあ名前くらいはいいでしょうか 洋子さんとおっしゃいますが
おそらく教養豊かであったであろう洋子さんが 
その後どんな大人になり 社会に出て行ったか気になります

なんか 友人と イタリアンバイキング食べ放題 等に行き
皆が「おいしいね〜キャッキャ」とやってるところで 洋子さんは神妙な面持ちでボソッと
「アフリカの子らは飢えているのに・・私達は・・」と言ってしまい
場を凍らせてしまったりしたのではないかと 想像してしまいますが
これだけクソ真面目な人ですので 全うに生きて幸せになったと願いたいものです
 
 

さて 何故か終盤は小学生の作文にくいついてしまいましたが
非常に興味深かったこの

この記念録写真集

いいもん見つけたわ ここのブログで紹介したら
〜万円払うから譲ってくれ って言う人出てくるかな
シメシメ・・とあさましいことを考えておりましたが

なんか 普通に奈良の図書館においてあるそうです
あさましさゆえに落胆ですが
なかなか面白いので興味のある方は手にとってみてはいかがでしょうか

| 文六 | 10:09 | - | trackbacks(0) | - | - |
びっくりハウス 再び
 またもや 私事 しかも自宅ネタで申し訳ありませんが
又違った意味で凄いものを発見してしまったので晒します

さて 先住の方の荷物残っていた我が家
本棚にもビンテージな感じのものが詰まっておりまして
入る物要らない物 仕分けておりました

日本文学全集・・嵩張るけど たぶん読まないけど 置いてあると学があるっぽくて
        カッコいいから 残す

いけばな全集・・せっかくの床の間にアイロンとか鎮座させてる我々には無縁のもの 
        (先住の方が草の葉の影から泣いてるであろう) さらば
         

三十年位前の家庭の医学・・・医学の発展はすさまじいですよね
              これ いざというとき参考にしたらいかんでしょう
              さらば              
  

昭和40年代の楽しいあみ物の本・・編み物にあまり興味はないけど 流行が何回転してか
                今見ても非常にオシャレ 話のネタにとっておこうか

昭和30年代の若草中学卒業アルバム・・ノスタルジックこのうえない気持ちにさせますが
                   全く知らない昔の子のアルバムはいらんよな
                   さらば
        

等々やってましたら 古びた薄い冊子が出てきました なんだかオシャレデザイン
60 1250?

この数字の意味は?

おおお!!なんとこれ 遷都1250年祭の記念録写真集?(旧字でよくわからないけど)
前々年に遷都1300年祭をやってましたが その50年前にも祭りをやっていたのですか!
50年前といえば戦争終わってやっと落ち着いた頃でパンダも来日して無いし
横井庄一さんも帰国してない時代ですよ!
これはすごいもの見つけました

薄い本とはいえ 中身はけっこう興味深くて読み込んでしまいました


まえがきです 大和タイムスとは現在の奈良新聞社です
3月10日から六日間の祭典で
1250年祭にちなんで 1250人の大時代行列〜とか書いてあります
けっこうとんでもない規模だと思います 
高度経済成長期とはいえ 昔都とはいえ 一地方都市が!


おお なんという人 ここは春日参道でしょうか



当時の奈良県知事 奥田正次さん 偉い人なだけあって殿様コスチュームが
やたらにしっくりきてます

時代行列は市民参加が主でして こういうふうに


奈良市 課長連! 青年時代 砲弾の飛び交う中 お国のために戦い
高度経済成長期 バリバリ働いて日本を復興させたのお父さん達がかり出されて
鎧着てます
何を思う


インドの美術家 タゴール夫妻 
けっこう凄い人が見に来てます しかし夫妻まったく感情の読み取れない表情 何を思う 

当時はまだ珍しかったであろう外国人観光客さんたち
ワンダフルを連発! だそうです

もしかしたら 彼らが帰国して
(日本人は未だ髷を結ってて舞妓が居るYO!) とまわりに言ったものだから
誤解された日本像が海外の教科書に載ってしまったのかも知れないです

50年前の写真集 レイアウトがオシャレですよ




そして 平城京に都があった時代の7代天皇はスタアがやってたりします
聖武天皇は長谷川一夫氏です!私でも知ってる往年のスタアですよ
この綺麗なおじさんの参加で女子が大騒ぎだったそうです
 
それにしても なんで地方都市にスタアが?!当時奈良にどんな力があったでしょうか
1230年祭りには それ級の人来てないですよ!
それ級って 現代の俳優からしたら誰でしょうか思いつきません
個人的にもっくんがきたら嬉しいですけどね  


行列の豪華さは文章にも記されております


天皇にフンして・・・って 何故にフンがカタカナ
ってどうでもいいことが気になります

呼んでいただくとお解かりいただけると思いますが
なんと この大イベントの立役者は
県でも市でもないのです 個人です
この谷井会長とは何者か のちに語ります


この祭典に人々がどれほど心踊ったかがよく表れてるワンショットです

浮かれとしより

・・浮かれとしよりってタイトル 失礼なんだかほほえましいいのだか
よくわからないですが個人的には和みました うん そうだ 浮かれさせてあげてよ
なんというかこう 昔の出版社って真面目なのだかふざけてるのか
けっこう自由だったのかもしれません






行列以外も頑張ってます
観光塔とアーチです 残念ながら今は残ってないです

しかし (スポンサーをつけるのになんぎしたそうだ)
とか けっこう内情を正直に晒してますよ この写真集
 なんぎ とかも なんかいいですね


今もげんきなもちいどの商店街
立派な天女をぶら下げてたそうです
うん まあ 私が晒したかったのは 街に来た兄ちやん のセリフですけどね


遷都祭のポスターです

イメージキャラがぽっちゃり系というのが50年後の祭典にも通じます
コメントで ポスターを褒めつつもしっかりダメだしをするところが
現在の人間には なんだか新鮮です




遷都1250年祭にあわせて 天平美人コンテストなるものが開催されました
さぞかし 相当なしもぶくれな美女が選ばれるのかと思いましたら

現代でも通用する 普通に綺麗な人でした がっかりするやらほっとするやら 
私は右手前の準ミスが一番美人だと思います 



最終日は仮装行列がありました



50年前も着ぐるみが ゆるきゃらの黎明期でしょうか
ゴリラすらちゃんと 服着てるのに せんとくんは・・・
しかし 何故にゴリラか ちょっと考えました
当時 パンダというものの存在自体 日本人は知らず
ゴリラは案外発見されれてから100年ちょっとでそれまではイエティみたいなものであり
日本に初めて輸入されたのが戦後ですから
この当時のゴリラという生き物 当時で一番イケてる生き物だったのでしょう
アルパカみたいな



こ・・これは

なんか写真からの印象だと シュールというかホラーな感じですが
・・
ええと これは ハリボテの狸でカスタネットを鳴らしショジョウ寺を踊り
爆笑をかっさらった と書いてあります
子供達泣かなかったのかな つよいな昭和の子は


当時人気絶頂だったコメディアン 大村昆さんも来てる訳です
しつこくも言いますが
当時の奈良の力 得体が知れない おそるべし

このはっちゃけ騒ぎ 文章からも垣間見れます

・・・自衛隊はっちゃけすぎでしょう 日ごろのストレス発散でしょうか
宇宙人に扮した光明皇后とかって ・・ それを光明皇后だとわかった人が凄いです
いにしえの偉人とコスモを何故に融合させようと思ったのでしょうか




さて こうやって書いてきましたら
1250年祭 遷都1250年にかこつけてお祭り騒ぎしようぜヤッホイ!
な だけの行事のように思われてしまいそうですが
否!
この祭典には発起人谷井氏や賛同する数々の人々の奈良に対する深い思いが込められていたのです
長くなりましたので 次回に続きます


| 文六 | 22:06 | - | trackbacks(0) | - | - |
仏像ファッションショー素晴らしかった・・
  1.  前の土曜日に
    仏像を様々な視点から捉える「奈良仏像フェスタ2013」http://narabutsufes.com/
    というイベントを見に行ってきました 
    そういうわけでちょっと店を閉めてしまいましたが もしビーブッダに来て下さった
    お客さまがいらっしゃいましたら申し訳ありませんでした

    このイベントに仏像ファッションショーなる 胸躍るオープニングがあり
    ビーブッダはちょろっとだけ協力させていただきました
    腕釧や ネックレスなど貸し出させていただきました

    奈良女子大学の聡明且つ 細くて美しいお嬢さん達が 
    手作りの現代女子風仏コスチュームで会場を煌かせてくださいました

    学生さんとは思えぬクオリティの高さに驚嘆 
    衣装はもとより 音響 照明 演出など まさにモード系極楽
    10分ほどでしたので 私的にはあっという間でございました
    もっと見たかったです

    写真撮影OKでしたので頑張ってとりましたが どうにもヘタクソでした



    左のモデルさんが腕につけてくださっているのがビーブッダの腕釧です
    右の救世観音なモデルさんのつけてる宝冠はビーブッダ製ではありません
    TETTAさんという 非常に面白いことをしている
    http://teddha.exblog.jp/仏像アーティストさんがつくった
    紙製の宝冠です
    ビーブッダがこんなの作ったら完成までに平均寿命をオーバーしてしまいます 無理

    TETTAさんの宝冠は実にこだわりまくりで 実物を実に忠実に(実々煩い・)
    再現してあります
    色も銅分を使ってらっしゃるので非常にリアルで仏ですが神々しいです



    撮影できなくて無念でしたが 現代風 中宮寺弥勒菩薩なモデルさんもいて
    もう十年若ければ わたしもやりたい粋な髪形でした


    メイクもヘアセットもプロの仏好き美容師さんがやってらっしゃいます
    ・・仏好き美容師って・・ そんなレアで素敵な人物とつながりを持ってる
    主催者に感服です 




    新聞社さんも何社か来てらして記事になっています
    http://www.asahi.com/area/nara/articles/OSK201302230155.html


    その後 店を持つものとして本来ならばすぐに帰って開店しなければ
    いけなかったのですが

その後の公演
神社仏閣ライター様による日本の大仏スライドトーク 
・・自称日本3大仏の石切大仏まで触れていただけるとは なんだか心が満ち足りました


 和歌山県立博物館 学芸員様による盗難仏について熱く語るミニ講義
・・信じられないことに 二束三文のお金のために集落で祀っていた大事な神仏を
掻っ攫う輩やそそのかして買う古物商が居るのです ゆるすまじ!

〜が面白くて ついつい長居してしまいました
その後の仏像トークセッションも気になり 後ろ髪ひかれながらも
ここで私は退出しました


という 充実の内容でした
しかし 私が一番驚嘆に値する・・!と思ったのは
この東西南北から集結した豪華な顔ぶれのメンバー(ビーブッダを除く)
を集結させたのが まだ現役の大学生の女子であることです

なんという人望 行動力
そして

某リア充大学で欠け仏部という 実にマニアックなサークルを立ち上げながらも
校風ゆえか部員は一人 そんな状態でも心折れずに他所で仲間の輪を広げる逞しさ

すごい若者がいたものです

 
自分が大学生の頃は ビビリで学外は愚か部活の部屋からも出ようせず
講義を聴きながらノートの端っこに仏の絵を描いて一人でにやにやして終わりでした
なんというどうしようもない小物 いやでもしかし これが普通ですよ・・ね?

彼女に敬礼です!
イベントに誘っていただきありがとうございました


 



 

| 文六 | 21:48 | - | trackbacks(0) | - | - |

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