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我が赤子の話 その二
我が赤子の話を続いて書くといいながら
結構日にちが開いてしまいました

どうやら育児をなめていた模様
両手が開く時が稀なもので じっくりキーボードを打つ
時間がとれず・・・

〜オムツ替え・授乳・だっこしてないと泣きよるので だっこしてあやす
風呂に入れる・ばいきんぐを見る・ごきげんようを見る・
登場人物のほとんどの頭がおかしい昼ドラを見る・赤子が寝た隙に自分も昼寝をする〜

で忙しくあっというまに一日が終わる多忙な日々
・・すみません こうして書き出すと
普通にキーボードを打つ時間捻出できますね  ぜんぜん忙しくなかったみたいです
世の家事育児仕事に忙しい母親達に謝れって感じですね

そんなこんなですが 赤子はすくすくと育ち
うちの赤子は もう 満腹 太 (まんぷく ふとる)
と改名したほうがいいんじゃないかって感じになりました

これが産まれたばかりの 満腹 太でない 満腹 太

そして一ヵ月後の 満腹 太

ここまで 容貌が変わるとは・・彦麻呂か?!
下からのアングルだとさらに凄くて

なんだか 平安時代の円派の仏像のような豊満っぷり
一ヶ月で3キロ未満が5キロ近くになるとは
赤子とは凄い生き物です
成人でこの率で増幅したら大事件ですよ

すごい二重顎だな〜としげしげと 満腹 太を眺めていましたら
うちのあばあさん(私のおばあさん 昭和初期生まれ)

「この子は いいところに産まれて 幸せだね〜」
と申しました

え?そうか? まだわからんし こんな親だぞ
と思いましたが
祖母の故郷の村では
赤子が産まれてまもなく栄養失調で無くなる事も
珍しくなかったと言われました
昔の子供の死亡率が高かったのは知ってましたが
赤痢やコレラ 感染症が原因なら理解できますが
まさか栄養失調とは・・
100年も昔ではない 日本の話なのです

母乳が出ない、足りないということが
赤子の死に直結する時代が割りと最近まであったのです
粉ミルクというものが当時はあったかもしれませんが
貧しい農家にはそんなもの買えるわけ無く 
自分の乳が満足に出ず
貰い乳のできる女性が見つからなければ
せっかく産んだ赤子がそのまま衰弱していくのを
ただ見届けるしかなかったわけです
なんだか 書いていて凄く悲しくなってきました

満腹太 とか書いていたのに
どういうわけか 悲しい話になってしまいました

朝ドラの花子とアンを見てますが 
花の故郷の家の貧乏っぷりを
うわ!大げさな!戦国時代の一揆起こす前の農民じゃあるまいし!と思ってましたが
過剰演出は無かったのです 本当にあんな感じでしかも昭和だったそうです

赤子を育てられないかもしれない程の貧しさというものは
貧窮問答歌が歌われた奈良時代から つい最近の数十年前までありふれており
たかだか この数十年で  
粉ミルクどころか自動的に揺れる無駄にハイテクなゆりかご とか
いい香りが出るアロマおむつとか 育成にまったく関わらないプラスアルファな
機能のついた育児グッズが続々と出て
庶民が普通に使っております 
心から現代に産まれてよかったと思います
現代も貧困層が〜とか言ってますが
飢え死にするなどニュースレベルで
助けを求めれば 行政だの近所のお人よしのいおばちゃんが助けてくれる・・はず

いろいろ問題があるにしても
庶民が赤子を普通に肥え太らせることのできる現代はすばらしいです

しかし満腹太の ふとるっぷりを この先・・だいぶ先ですが自重しなくては・・
モテない子 学校で変なあだ名をつけられる子になってしまいます
本当に満腹太 とか ブタゴリラ とか
話し変わりますがブタゴリラって 冷静に考えると相当ひどいあだ名ですね
ブタでゴリラ ですよ せめて片方だけにしといてあげてよ
どんなキメラ生物なのか 
彼はガキ大将で高い地位にいたのにも関わらず
なぜ 普通にそのあだ名を受け入れていたのか そこは殴ってもいいところだろう
と思うわけです 相当心の広い少年だったのでしょうか

へんなところで話が着地しましたが 今日はこの辺でにしておきます

 




 
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