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台湾旅行記 最終会 故宮博物院

 ゴールデンウィークも終わりましたので
もう いいかげん終わらせます
何故一週間未満の旅の記録を書くのに二ヶ月以上かかるの
でしょうか・・おかしいな 不思議だな 

 

旅の記録の前に少し説明を追加しておきます
前回 国民党と民進党というワードをいきなり出してしまい
なんのことだかわからない方もおられるかも知れないので
軽く説明しときます

●国民党(中国国民党) 
 起源は、孫文らが1912年に中国大陸に樹立した
 中華民国の一党独裁政党
 しかし 毛沢東率いる共産党軍に敗れて
 1949より台湾に拠点を移動
  当初は 中国大陸支配回復を目論んでいました  
 大陸から蒋介石率いる国民党と移動してきた「外省人」と
 もその前から台湾に住んでいた「本省人」との)の対立が激化し、
 1947年大規模なデモが発生し、国民党はこれを武力鎮圧しました
 大量の犠牲者がでました(3万人ともいわれる)
  
 そして長らく国民党は一党独裁状態でした
 蒋介石が1975に死去するまで国民党の総裁で国家元首
 当初は中国大陸支配回復を目論んでましたが 
 それどころか世界での「中国」の立ち居地は
 大陸の中華人民共和国に取って代わられるし
 段々自他共に そんなのファンタジーだ・・
 と認めるところとなり 
 更にそれどころか 近年の国民党は
 中国の共産党に 台湾は中国の一部 独立しない
 と歩み寄る・・ 変われば変わるものです・・
 そういうわけで中国共産党と現在はむしろ仲良くなっております 
 蒋介石の死後 国民党もかつてのように
 あからさまに「本省人」を抑圧する事はなく 民主化が進み 
 現在いろいろあって 民進党から与党の座を奪い返している状態
 現在の総統 馬英九氏は
 中国との経済連携の強化を推し進めており
 中国からの観光客激増
 故宮博物院の現状もその影響を受けている様子


●民進党 
 長らく与党を結成することが認められていなかった台湾ですが
 蒋介石の死後 国家元首となった蒋経国(蒋介石の息子 88年に死去)
 は台湾の民主化を図り、
 1987年からは野党の結成を認め、民進党が初の野党になりました
 1994年には総統(日本で言えば総理大臣)
 の直接選挙制が敷かれるようになり
 2000年の総統選挙では国民党の分裂もあって、
 民進党の陳水扁が当選
 民進党は在野時代には台湾独立を掲げており 
 与党となった以後は若干表現は
 柔らかくなりましたがなお独立も模索 なので中国共産党は国民党推しで
 民進党が当選して緊張激化 
 ともあれこれで名実ともに大陸、台湾の独裁政党であった
 国民党は野党化し台湾の民主化が完成したのです・・が
 しかし党内や陳水扁一族のスキャンダルが露見し
 2008年の総選挙で国民党に惨敗 
 与党への再起を図っていますが 
 中国との経済関係強化に消極的な考えを示しており、
 当選すれば台中関係に影響が出ることは必須 
 それゆえか議席を逆転する
 票を集めるのは難しいようです


ああそうか! こういう事を書いててなかなか本題に入らないから
終わらないのか・・・ようやくわかりました

ですが どうにも書かなきゃすっきりしないので書いてしまいます

長いので続きはこちら

 国民党と民進党の火花は外国人の目にもあからさまに
バチバチしておりました
日本の政党の戦いなんて大人しいものです

日本はあの政党とこの政党が政権逆転したからといって
主義主張が与党になったら覆ったりするもんですから 
世の中大きな変化は見えないのですが(水面下はどうなってるんでしょうね)
台湾では西から太陽が昇る的 相当な大変革 一大事なようです 

街角には 何が書いてあるのかわかりませんが
何やらおどろおどろしい写真つきの 互いの政党を批判した
プラカードなどが立っておりました なんか怖い
鳥や魚類などのヘンなあだ名を付けて叩きあってる
日本など生易しいようです


我々外国人が行くというか 連れて行かれる 免税店 ですら
国民党経営店 と民進党経営店 と二種類あり
もちろんMさんは 民進党経営店を選択しておりました
(高雄の 一番からすみが美味しい店だけは 国民党経営店をやむを得ず
 すすめていました)
本当に根っからの打倒国民党の方です


前の記事に Mさんが 蒋介石死去時に学校の教師に鉄の棒で殴られて
強制的に泣かされようとした(結局泣かない!)の話を書きましたが


他にも小学校時代に忘れがたき国民党への憎しみの思い出を語ってくださいました
外省人と他の子の差別は実にあからさまだったようです


授業で「外省人」の子が先生に質問したら
先生はすぐに飛んでいき 丁寧に教えたが
「本省人」の子の場合は 3回くらい呼ばないと来ない
さらに 先住民の子の場合は先生は無視!だそうです

なんと・・・酷い 党の指導とはいえ人間か?


でもって 更にとんでもないことに
給食の内容まで差別され・・
「外省人」の子には 豪華なAランクの給食で
「本省人」の子には 並みのBランクの給食
先住民の子には Cランクですらなく 給食無し!弁当持って来い
だったそうです 


小学校にまであかさま差別とか特権階級だとかが公式に存在していたとは
空恐ろしくとんでもない話です これが戦前だの戦後間もなくの話でなく
日本人は8時にドリフを見ていた時代なのですから そう思うと
本当にさらにとんでもないです

 
Mさん的には 蒋介石と共に共産党と戦った一代目「外省人」
はまだ納得できるが
2代目3代目が特権を持つのは解せん!ということです


で 驚いたことに 1代目の奥さんはまだ結構存命してらしゃるそうです・・
何それ!?人間の域を超えた別の生き物になったの?て感じですが

Mさん曰く
「蒋介石の台湾に連れてきた兵隊 皆 身軽 独身だったね
 戦いが終わって落ち着いて 結構年をとってから結婚したね 
 台湾の10代の若い子と結婚したね 年の差婚 だから奥さんまだ 80代 90代ね」


なるほど それならば計算は合いますね 年の差婚とはいえ加藤茶に比べれば
まあ 普通かな ですが・・

しかし Mさん曰く

「蒋介石の奥さん 宋 美齢(そう びれい)は最近まで生きてた
 2003年まで生きてたね」


とのこと え? 何それ?
ちなみに宋 美齢(そう びれい)さんは そんなに蒋介石と
そんなに年が離れてないですよ
ええと・・

「106歳まで生きてたね」


ぎゃ!何かを越えた!です
もはや 現代史の世界ではなく 白黒の近代史の世界の人で とうの昔に
土に還っておられるものだと思い込んでいたのでびっくりです
わりかし最近まで 携帯電話が余裕である時代に存命でいたとは
高校生の時に世界史の教科書に  張学良(1901〜)
と書いてあり え!まだ生きてるんだ!と驚きましたがそんなの甘かったです
おまけに 後で調べたら 蒋介石と結婚するにあたって
年齢をいくつか若く見積もった(サバをよんでいた)との疑惑もあるので
実際は一体何歳まで生きていたのか不明です 凄いを通り越して恐ろしい


Mさん曰く
「宋 美齢は 蒋介石の奥さんで秘書 まさにトップレディーね
 通訳もしたね 8ヶ国語も喋れたね 蒋介石は2ヶ国語しか
 喋れないね 奥さんに頭上がらない
 国家間の会談の時もいつも一緒で 宋 美齢が蒋介石より前に
 出てたね 通訳だったから蒋介石も知らない事知ってて
 凄い力持ってたね」


とのこと 宋 美齢 凄すぎる・・
蒋介石2カ国語しかって 2ヶ国語喋れたら十分頑張ったと思うんですけど
なんか気の毒
8カ国語って頭良いとかそういうレベルでは無いのでは・・
ゴルゴ13ぐらいですよ そんなに喋れるのは
他にも烈女エピソードが沢山ある女性のようです
生命体として強いのも頷けます

 


さて ようやく旅の本題 5日目 中正紀念堂の後
鼎泰豊」という小籠包で有名な店で昼食です


Mさんが
「小籠包だけじゃないよ 大丈夫 
コースだから他の食事も出てくるね 」
と仰ってくださいましたが


食後の正直な感想をもうしますと 
他のものはどうでもいいから
ひたすら小籠包だけを食べておりたかった・・
といった感じです 小籠包凄く美味しかったです
ちなみにこの店 私は知らなかったのですが
かなり有名でして 世界中に支店があり
日本では東京・名古屋・京都・大阪 ・熊本にございます


今までの旅の記録で 食事の説明は
(これ以上記録が長くなるのは もう・・もう・・)
と思い書いてませんでしたが
特筆するほどもない美味しくないものだった というわけ
ではありません

旅の間中 回るテーブルの中華が主でしたが
我々が中国といえば中華料理とひとくくりにしていたのを
Mさんはお嘆きでした
「違うよ 中華料理 全部まとめちゃだめだよ
 北京、上海、四川、広東それぞれ全く別のものだよ
 それ以外にも もっと沢山種類あるよ 一緒にできないよ」


との事でした
そういうわけで 我々には回るテーブルゆえに一見同じ中華に
見えましたが 旅行中に多種多様な中華料理を食べていたようです

中でも印象が残ったのは(Mさんの説明ゆえ)
客家料理です

Mさん曰く
「客家の人達は 鄭成功の時代に移民で来た漢民族の人たちより
後に中国大陸から台湾にやってきたね
でも 先に台湾に住んでる人 もう沢山居たからこれ以上移民に
来て欲しくなかった 仕方なく期限付きで台湾に住むこと許してあげた
でも 客家の人たち期限過ぎても帰らない 住み着いてしまった
だから 嫌がらせしたね 先に住んでた人 調味料を客家の人に売らなくなったね
それで客家に人たち 調味料に頼らず素材の味を生かした料理を
考えたね それが客家料理の始まりね」


とのこと・・・なんて発生が悲しい料理なのでしょうか
客家料理は私の中でチーズホンデュに並ぶ2大紀元可哀想料理になりました
皆様ご存知でしょうか
チーズホンデュは今では 白いテーブルクロスの上に金色の優美な鍋に
チーズを溶かし 紳士淑女がホホホと言いながら食べてるハイソな
料理だと思われてるみたいですが
不思議発見でやってたんですよ その起源が・・


昔々 スイスだかフランスの山に住む貧しい牧童が寒さと空腹に
耐えかねておりました しかし 彼らの持っている食料は もう
カチカチになったパンと干からびたチーズしかありませんでした
それをどうにかして食べようと考え
チーズを鍋に入れて溶かしてパンにつけてみたら
それはそれは美味しかったのです 体も温まりよかった良かった・・


という事でした 再現VTRで泣けそうになったのを覚えています
・・話がずれてしまいました
こんなことしてるから 旅の記録が終わらないのですよ


客家料理に戻りますが 実際食べました どんな貧しい料理が
くるのだろうとドキドキしましたが 
観光客向けということもあると思いますが
拍子抜けに豪華でした 
味は若干あっさりめでしたがむしろ日本人好みだと思います


さて 食後に故宮博物院に向います
実は台北の郊外にあるのです 駅近というわけでもなく
右も左もわからん日本人が単独で行くには大変なのでは
ないだろうというのも 我等がツアーを選んだ理由であります
いつも元気なMさんが 我々日本人を鼓舞してくださいます


「さ〜皆さん おなか一杯になったからって眠くなってる場合じゃないよ!
これから戦いよ!中国人に負けちゃ駄目よ 
故宮博物院では 日本人の謙譲の美 必要ない!邪魔 捨てて!
日中戦争よ!」


なんだか偉く物騒で 今から我等は何をするんだろう という
感じですが これにはわけがありまして


実は旅の中盤頃に
Mさんが仰いました


「皆さん 故宮博物院だけどツアーの予定表には5時間滞在って
書いてあるけど 残念ながら皆さん5時間とても耐えられないと思うね
故宮博物院 ここ2〜3年前くらいからとても残念な場所になった
世界3大博物館の名に相応しいところじゃなくなったね
中国人のツアー客 博物館の中で大きい声で普通に話す
他のツアーの添乗員の話 お客さんに聞こえなくなる 大きい声で話す
どんどん更に声大きくなって うるさいね
中国人 見てる人押しのけて入ってくる マナー良くない 
もの凄く混んでいて入場制限かけてるけど それでも凄い人
見学するの辛いね もう台湾人 ここ来ないよ
だから 希望者は最初の2時間見学してその後 台北109行こう
オススメよ」


とのこと
・・・どうしよう 旅のメインの目的は此処なんですけど
そんな凄いところなのか
チキンで根性無し体力無しの私は耐えれる自信なし・・
しかし 最初の2時間だけじゃ絶対足りないし ううむ


悩みに悩みましたが (見るべき程の事をば見つ。今はただ自害せん)
の平知盛の境地になり たとえ灰になっても悔いなく生きようということで
戦場5時間コースにいたしました


ようやく故宮です
「その台詞は読んでるこっちが言いたいわ!」という声が聞こえてきそうですが
・・ほんとすみませんとしか言いようがないです


さて 故宮に入るとMさんの前ふりは本当に大げさでもなんでもない状態でした


入場前のロビーには 日 中 (韓もいたとおもいます)のツアー客がひしめき合っています
ざわざわどころじゃないですガヤガヤ 各 添乗員さんは 旗みたいなの持ってます 


Mさんもまたしかり
「みんな コレ目指して 頑張って付いてきてね
 はぐれても助けに行けないよ はぐれたら置いてくしかないよ
 多少の犠牲 ここでは仕方ない」

・・とのこと 恐ろしい   ちなみに我々は前もってもしものために
Mさんの携帯番号を控えています 携帯電話がある時代でよかった・・


Mさんが我等にイヤホンを配ります
近年 余りの煩さに 博物館は各ツアーの添乗員にはマイク
客にはイヤホンを装着することが義務付けました 
名案というかやむを得ず案です


人ごみの向こうの旗を目指してなんとか入場です


故宮博物院の展示物は2時間で到底見れるものではなく
おまけにこの混雑 展示物の前に行くまでに時間をとられます


ですので ツアーの多くは本当にメインだけ混雑の中 根性でかいくぐって
ガッと何とか見て ザッと帰る状態なのです ああもったいない


添乗員のMさん なんと大学院で中国の古代美術を専攻していたそうです
故宮を案内してくださるのにこれほどうってつけの方がいるでしょうか
我々はツイております

故宮博物院のHPがありました


日本語サイトもあります どうぞ



故宮慣れMしたさんは 比較的空いている青銅器コーナーに連れて行ってくださり
各種青銅器の実際の仕様法など説明してくださいました  が・・・

 
盤(ばん)という口の大きいタライ状の青銅器の説明だったと思います


「古代の中国人 やる事まとめるの好き これで顔洗いながら水飲んだ」

・・・と仰ったような気がするけど気のせいだと思いたい
そんな古代中国の貴人が 顔洗いついでにその水飲むなんて 
そんな どんだけめんどくさがりってゆうか  きたなぃ・・
うん たぶん聞き間違いですよ

  
さて 混雑もあって時間が押しているようです
これを案内しなかったら 苦情モノの 故宮の超有名作品
角煮と白菜を
見に行きます


以前は宝物は時代順に並べられていたのですが
展示物が多くてメインが見つからない!と苦情あったそうで
現在は 有名どころは集めて展示されています
博物館の3階に見ごたえのあるものが揃っていました


さて 角煮と白菜のある部屋


302 天と人の合唱―玉石の彫刻芸術展 という部屋です
http://www.npm.gov.tw/ja/visiting/exhibit/guide.htm#02
このページ の下のほうの展示場平面図からいけます
私のヘンな説明だけではあんまりなんで どうぞご覧ください 

 
小さい部屋ですが 入場制限かかってます
各国の人々が 絶対に見てやる!とメラメラしながら
並んでおりました 熱い・・負けない自分で臨まなければ火傷します


角煮呼ばわりしてますが本当の名前は

●肉形石


大きさ5〜6cm前後の 煮汁の染み込んだコラーゲンたっぷりの
東坡肉(トンポーロー・いわば 角煮)が金の台座に乗っています
これ 実は天然石で製作されているのです
ぎょっとするほどリアルです なんか豚の皮に毛穴まであったりします
綺麗というより ええとなんだか ちょっと気持ち悪いですが
冷たい鉱物である石を 物質として間逆なホカホカの惣菜に細工させる
技術と根性に驚きです  
凄い技術で何故か角煮を作る贅沢さ・・清王朝の余裕とひょうきんっぷり
が垣間見えるようです

作者が誰だとか意図もわかってないそうですが
推測するに いたずら大好き皇帝が職人に命じて作らせ
皿に乗せて 臣下に 「ほれ お前のために作った 食ってみい」と勧め
何も知らない臣下が感激して「光栄に存じます」と口に運んで ガリィ! 
となったのを 王がヒャハハと手を叩いて喜んだ ・・
ということがあったのではないでしょうか


そして もうひとつの有名玉器

●翠玉白菜 台座を含めて18cmほどの作品です


緑と白の混じった ヒスイの原石の模様を絶妙に生かして彫った作品
です これは 美しい系の宝物です
良く見ると虫がとまっています (コオロギ又はキリギリスという説在り)


これも なんでまた わざわざ凄い技巧で白菜なのか?
と我々日本人は不思議に思いますが


これにはちゃんと意味が込められています
Mさん曰く
中華の文化では 女性を
「まるで白菜のような!」
と褒め称えるのだそうです
日本だったら ふざけとんのか コラ!って感じですが
白菜は瑞々しく白く美しいし 美味であるので
最上級の褒め言葉だそうです


そういうわけで この白菜は
清王朝の女性の嫁入り道具として作られたと言われています
ちなみに コオロギやキリギリスは多産の象徴なので
これも嫁入り道具に相応しいモチーフなのです


この白菜 この博物館の中で一番有名な作品でして
人が押せ押せ状態で 
物質的な圧欲はもちろん
熱気 気迫 人を押しのけても見てやるぜ
という人の欲に圧倒され 
見るのに物凄い苦しみが伴います
なんか うっとり綺麗だわと堪能する余裕無し
Mさんは 中国人強引だとか言ってましたが
私を 「あんたはもう見たでしょう」と推し飛ばしたのは
確かにネイティブな日本語のおばちゃんの声だったんですが・・
日本人も中国人も同じようなもんだと思いました


さて あまりにも白菜が有名なので
時間のないツアー客が見逃しているかもしれませんが
他の工芸作品 実は結構凄いのがゴロゴロしてました


ぶっちゃけ 自分は他の工芸作品のほうに オオオ!!
となりました 
白菜が人気を集めてくださっているので
他の工芸作品は 比較的人間らしく見れます
比較的です 結構混んでます


304 名匠の魂と神仙の業―明清彫刻展
http://www.npm.gov.tw/ja/visiting/exhibit/guide.htm#02
白菜と同じ3階にあります


台湾にわざわざ行って
この部屋を見ずに故宮博物院を出て行った人は
人生においてかなりもったいないことをしたと思います
いうなれば 大学4年も通って卒業したのに就職できなかった
且つ 彼氏彼女も出来なかった・・そのレベルの虚無です


ここの工芸品 まさに神業で
私のような素人でも 明らかにこりゃ凄いと
わかる代物ばかりで どれもそれぞれ凄いはずなんですが
ドラゴンボールの戦闘力がインフレでなにがなんだか解らなくなり
ヤムチャは最初強いキャラだったはずなのに フリーザとか
出てくるから普通の人になっちゃった・・みたいな状態に
見えてくるのが恐ろしいです


全部説明するのは疲れるので
私的にピッコロ以上なのを紹介します


●陳祖章 彫橄欖核舟


高さ1.6cm 縦1.4cm 横3.4cm


橄欖の種を用いて彫刻された小舟です この大きさに注目です
なんとこの小さな種を館船に透かし彫り 中華で人気の八仙人
を乗せて しかもドアが開閉する!といった 
なんでここまでするのか!と頭を抱えたくなるような作品です
本当に細かい・・人間にこんなことが出来るのか
実際目の前にあっても理解不能です


工芸作品の中では珍しく作者の名前が残ってる作品です


Mさん曰く ・・・恐ろしいことを曰く

「中国の皇帝 結構酷いね
 職人に凄い工芸作品作らせたら
 自分のものだけにしたい 自分が一番凄いもの持っていたい
 これ以上のもの他の人の手に持たせたくない
 完成したら二度と作れないように職人殺したね
 だから 職人殺されたくないから 時間稼ぎに必死 
 どんどん細工 細かく凄くなっていく
 この船の作者 船完成しちゃった後 生き延びるため
 更に細工続けた 船の底に三百文字彫ったね 」


とのこと・・  なんかいろいろ酷いな皇帝って・・
職人不憫すぎ・・
技巧がありえないほど細かいのは そうか
命が懸かっていたからなのですね 命が懸かれば もう
ありえない事だってやってのけてしまうのですね
死にたくない必死な気持ちの生み出す力恐るべし
結局 この職人は天寿を全うできたのでしょうか
しかし でもこの職人 名前残っているから まだ・・いいですよ

 

●雕象牙透花雲龍紋套球(ちょうぞうげとうかうんりゅうもんとうきゅう)


なんとこれ 画像がないです 大きさすら記されてない!
博物院のHPにもどこにもないです
国宝級というか世界遺産レベルの奇跡の物体なのにもかかわらず 何故?
・・たやすく閲覧させてもらえるような代物ではない
ということなのでしょうか


こちら たしか直径20センチほどのもの 象牙一本まるまるから
透かし彫りに削りだした球体の飾りなのです が


こちらなんと 21層になっていて それぞれが籠の目のような
細かい透かし彫りがしてあり なおかつクルクル回る といった代物
大きい球体を彫ってから入れ子のように小さいのを入れて組み立てた・・
ではなくて 21層全部同じ継ぎ目のない象牙から出来ているのです
層と層のスキマは一ミリとかしかなかったように思えます
現代のハイパーな技術を持ってしても再現不能だそうです
あまりに人間離れです クラリオン星人が銀河のかなたから持ってきてくれたよ
と言われたほうが ああそうなんだ とまだ納得できます


このありえない精緻な技巧を成し得た原動力は やはり
完成したら殺される!なんでしょうか 


Mさん曰く 
こちらはなんと 親子三代で製作されたそうです
それでは 少なくとも おじさんとお父さんは天寿を全うできたのでしょうね
孫は・・・孫はどうだったんだろう
死にたくない思いが21層の重なりを作ったわけです
3代器用な人が続いた ってのも奇跡ですね
誰か残念な人がいたら うっかり 「あ いけね」でご先祖様の一生台無しだし
そこで打ち首になって終了してたかもしれない・・まさに奇跡
しかし 3代に渡ったという事は 依頼主が宋 美齢ではない限り
生きては居ないですね


そしてこれだけ凄い作品なのに 作者の名前はわからないのだそうです
工芸品の作者は名が残っていない方が多いです 
皇帝の威信がかかった名誉ある作品を作るわけですから光栄だったと
思います 失敗などできません まさに命がけで作り そして
完成したら命を失うのです
名もなき星になるのです なんか・・なんか 工芸品の職人って ・・


ちなみに 書や 絵画の作者は 作品にしっかり銘が残っています
むしろ 銘がなければ価値は下がるくらいです
なぜに工芸の職人ばっかり・・


なんともいえない思いも巡らせながらも
その技巧に惚れ惚れとしました
この雕象牙透花雲龍紋套球が私の中では故宮博物院の一番でした
Mさんの案内のあと 自由時間でもう一回見にきたくらいです


さて Mさんの説明つきで2時間で有名どころを見て回った後は
109タワーを見に行くチームと あと自由に3時間故宮で粘るチームに
わかれましたが 粘るチーム少なし・・ まあ あれだけ
Mさんに前もって脅されていたら・・
しかも 大袈裟じゃなく事実

しかし まだ 博物院の半分も見れていないのです
残り3時間悔いなく見て回ろうとがんばりました
Mさんは カフェで休憩入れて回らないと持たないよ と
おっしゃってましたが そんなことしてる時間はもったいなし!
頑張りました


ちなみに 入場口で手にスタンプ押してもらうと 出入り自由なのです
いったん出場して 日本語解説のレコーダーを借りに行きました
日本円で300円だったと思います コレはケチってはいけません
オススメです コレが無いと 工芸はまあ 見てなんか凄いのわかりますが
書とか絵画のありがたさ半減です 三分の一かも

悩みましたが自由時間3時間コースを選んで後悔なしでございました


106号室  永遠に子孫に愛される 清代皇室の文物 も必見でした

http://www.npm.gov.tw/ja/visiting/exhibit/guide.htm#02



●竹絲纏枝番蓮多宝格円盒

●紫檀多宝格方匣

などの 見ごたえのある逸品がありました これら 珍玩 という
ジャンルに所属していたのですね 確認してしりました
本当にまさに珍でした なんと贅沢な珍
珍に贅を尽くす 清王朝恐るべし


おまけになんだか夕方空いてきて 案外楽に見れました
ツアー客は夕方からはあまり来ないようです

経験者のオススメとしては5時以降ですね 平日は
開館時間6時半までだそうです
たそがれの白菜は競争率も減っていました(結局懲りずに2度もみました)
我等は5時間休憩無しで見ましたが 書や地図はなんのことやらわからないので
すっ飛ばしましたが あとは大体見る事が出来ました ミュージアムショップに
行く時間もありました まさにわが人生に悔い無しの境地です
まあ すっかり灰になりましたけど・・・ 


故宮最終日でよかったです まさに力尽きました
そんな日に限って 夕食は戦争のようなバイキングでしたが
もう 負けでよい・・戦いたくないし 立ちたくない って感じでした


翌日は8時半の飛行機に乗るために4時半起床でヒヤヒヤしましたが
差し迫った事態になれば ちゃんとどんなに疲れていても皆起きれるものですね

無事に搭乗口に向う私たち・・・
Mさんともお別れです 
ちなみにMさん なんと毎週このツアーを担当しているとか・・・
一週間のうち六日 右も左もわからない時々集合時間に遅れる何十人もの日本人を
案内して台湾をぐるっと回っているのです 熱意を保ち続けながら!
なんか壮絶な仕事っぷりです マネできない・・ 凄い


なんか 本当にツアーにして良かったです
ただ 回るだけだったら へ〜ほ〜 ふ〜ん 美味しいねっ
て感じのただの観光になって他と思うのですが
Mさんのおかげで 観光というより なんか修学旅行になったと思うのです
いろいろ勉強になりましたし 話を聞かなかったら台湾の事を調べなおしたり
しなかったと思います まあ おかげで たびのきろく がこんなに
長丁場になったんですけどね 
旅に行くならツアーだな!て思いました
しかし スペインにバスツアー行った友人は
「添乗員さんが歴史のことはよくわかんないので歌を歌いますね!って
ひたすら歌ってた・・」と言ってたので

総てのツアーというものが こういうものではないのでしょう
添乗員さんによるのでしょう
我等は運がよかったのでしょう Mさんありがとうございます
これからはバナナを買うときは 高いけど 頑張って台湾バナナにします

 

読んでくださった皆様 本当に長らくご拝読していただきありがとうございました
ああ やっと第二のたびが終わりました 長かった・・・2ヶ月以上か・・

| 文六 | 08:57 | comments(3) | trackbacks(0) | - | - |
Comment
こんにちは。
台湾旅行記、大変読みでがあり、かつとっても楽しかったです。
これで終わりなのが残念。
また思い出した小ネタなどありましたらお願いしたいです。
いやはや台湾、素晴らしく素晴らしい国・・
私も行ってみたいと思いました。
そしてMさんにガイドして頂きたいです。(シーズンオフに・・
Posted by: AR |at: 2012/05/15 4:30 PM
全部読んでくださった方が
いらっしゃった!
本当にありがとうございました
こんな常識外れに引き伸ばしたのに
お付き合いしていただけるとは
なんというお優しさでしょうか
台湾 よい国でした
日本と台湾がこれから よりいっそう 仲良くなることを熱望しております 
Mさんは お金のために働いているというより なんか使命感にメラメラ燃えていました 平服です
ちょっと活字にできないこともおっしゃっていたので 是非Mさんのツアーを実際に体験して欲しいです
シーズンオフに・・
Posted by: 文六 |at: 2012/05/17 9:47 AM
先週、一年半振りに2度目の訪台(三泊四日の台北ツアーでしたが)をしてきて、ネットでチョコチョコ台湾関係のサイトを見て回っている時にこの台湾ツアー記を見つけて一気に最後まで読ませてもらいました。
M さんのような添乗員の方に旅を引っ張ってもらえると本当に心に残る旅になりますよね。僕も初訪台時の添乗員さん(この方も女性でした)がとても素敵な方で有意義な充実したツアーだったのを思い出しました。またなんとか時間と金を捻出して台湾に行きたいと思ってます。
あ、台北市内の夜市では飼い犬も野良犬も我が物顔で自由気ままに闊歩しております。台湾は犬にとっても住みやすい国なんだと思います(笑)
Posted by: さもん |at: 2013/01/27 9:51 PM








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